Concept

『音の海』は、環境が進化する過程を音によって経験可能にする人工生命科学の知見に基づいた「進化」のプログラミング・サウンド・システムです。 空間内に存在しているものの動きに呼応して音の組み合わせ方が進化するこのシステムでは、人間とシステムの関係は単純なインタラクションに留まらず、予測不能で多様な音のハーモニーをつくり出していきます。

人工生命と人間のインタラクション
「音の海」は、人間と環境とのインタラクションによって全体のサウンドスケープを自律的に進化させるセンサー・サウンド・システムであり、姿のない人工生命です。 私たちの関心は、環境が、内部に抱えている生物や物質との相互作用によって進化しつづけている、そのプロセスそのものにあります。この進化のプロセスは、見方を変えてみれば、生物や物質の意識=心、の流動性とも捉えることができます。本来はプライベートな身体の内側に閉ざされた意識の移り変わり方を、身体の外側に引っ張りだして、関わり合うことができる人工生命として存在させることで、私たちの個別の心身と環境の新しいフィードバックを起こそうとしています。

「音の海」生死が循環する二つのゾーン
現在、「音の海」には計8個の3D(キネクト)センサーで囲まれた、二つの異なるゾーン(空間の大きさは可変)があります。ひとつは、人間が積極的に「音の選択」に関わり、音環境を変えていくことができる「生のゾーン」であり、人はサウンドファイルが生き残る時間をコントロールすることはできますが、どのサウンドボックスにどの音がどのタイミングで生まれてくるかをコントロールすることはできません。もうひとつは「生のゾーン」で人間に選ばれずに死んだサウンドファイルが、切り刻まれて群れを成し、空間内を飛び回る「死のゾーン」です。死のゾーンでは、音の群れは自律的に空間内を移動し、人や物資に触れた時にだけ音が鳴り響きます。人間の意思が介入できる音(生のゾーン)と、その選択の意思からこぼれ落ちることで誕生する自律的な群れが作る音(死のゾーン)、この二つの異なる誕生の仕組みを持った音の時間構造から生成されるハーモニーは、物質とのインタラクションを内包しつつも思いのままにはならずに進化し続ける世界の構造を可聴化しています。

ワークインプログレス「形と暴力が私をパレードする」
アーティスト河村美雪は、歴史の表舞台で「語られ得ることと、語られ得ずに消えていくことの関わり合い」が、どのように現在の私たちの、個人的、集合的な意識に影響しているのか?というコンセプトを、「選択の連鎖と、選択からこぼれ落ちるものの相互作用が進化させるサウンドスケープ」という「音の海」のシステム構造とリンクさせてアート作品として展開しています。この試みは長期的なワークインプログレス「形と暴力が私をパレードする」と題されて現在も進行中です。 将来的には、より長い時間をかけて自律的にサウンドスケープや物質が変化する「建築としての人工生命」を目指しています。